富士山

去年につづき富士登山をしてきた。

今回は、富士吉田にある北口本宮富士浅間神社という、いわば富士山の0合目からスタートした。
富士講とよばれる富士山信仰の行いとして古くから知られるコースだ。

朝靄のなか、浅間神社を発ち10時間かけて山頂へ辿り着いた。途中、太陽が顔を覗かせることはあったものの、空は終始雲に覆われていた。

夕方過ぎに登頂したため山小屋はすべて閉まっており、やむなく山頂にあるトイレで夜を過ごすことにした。

山頂は豪雨と暴風で、まともに立ってもいられない状況。さらに夜になるにつれ、寒さが厳しくなる。

トイレで出会ったシンガポール人男性と寒さに全身を震わせながら話をし時間を過ごす、眠ろうにもあまりの寒さに眠れないのである。
深夜になり、カップル2組も加わり6人で凍えながらもお互いの話をした。
ふたりのときよりも人数が増えた方がトイレ内の空気は暖かくなった。自然、少しずつ笑い声も増える。

そうしてようやく迎えた朝は前が見えぬほどの霧と雨と風が強い朝だった。

早朝に開いた山小屋でみんなで温かいものを食べ、別れ際握手を交わしそれぞれに山頂をあとにしてきた。

今回の富士登山の天候は、僕に新たな友人との出会いを与えてくれた。いわば恵みの雨風だったように思う。
そして自分の健脚にも改めて感謝である。

旅はおもしろい。

山を降りたあと、僕は河口湖畔のゲストハウスに泊まり、河口湖や隣の西湖を散策した。
西湖ではコウモリ穴・風穴・氷穴、と3連続で穴巡りをしたり、隣接する青木ヶ原樹海を歩いたりした。

まわりを自然に囲まれ太陽と風が心地よく、僕はいたるところで歩みをとめて日向ぼっこを兼ねた昼寝と読書を楽しんだ。

京都に帰る日の朝、甲府にある湯村温泉の杖の湯という弘法大師空海が開いたとされる湯に身を浸け、旅の最後を満喫した。

旅のデザートはやはり温泉。


ありがとう。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-08-31 13:44

五味五彩二香

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「五味五彩二香」

ベトナム料理にみられる食文化のひとつである。
五味とは、塩味・酸味・辛味・甘味・コク味。五彩とは、白黄緑赤黒の五つの色。二香は、香りと香ばしさを表す。
食事のなかに生命を支える要素が含まれている。まさに五感で食を楽しめるというわけだ。

先日、僕が食べたランチはまさにワンプレートのなかに五感で味わう「食」という世界が表現されていた。
食べる、すなわち「食」とは「人を良くする」と書く。
なにをどう食べるかで人は変わる。身体的側面だけではなく、精神面にも影響を与える。
食べるというインプットの行為や内容をを変えることによって、アウトプットするものもおのずと変わってくる。

美味しくありがたく食べたあとのごちそうさまは作り手にもきっと素敵な響きとして聞こえるに違いない。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-08-28 02:12

テンション

一昨日、職場の勧送迎会で琵琶湖にバーベキューにいく前夜のこと。
遠足前夜の小学生のように寝つけず、その高ぶったテンションを読書やYouTubeにぶつけた。それでも結局朝まで眠ることはなかった。
早朝5時、居間にいくと弟も起きていた。僕の高ぶった野獣系テンションは弟に牙をむいた。迷うことなく弟を早朝大文字登山に誘った。弟は快諾してくれ、早速ふたりで大文字山に向かい、早朝登山を楽しんだ。

朝の汗を拭いながら、京都の街を眺めながらいろんな話をした。

早朝にも関わらず、大文字山には登山をしている人が沢山いた。汗をかくのと同じくらい、すれ違うたびに人と挨拶をするのも気持ちがいい。

さぁ、来週は富士山だ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-08-13 00:26

ねる

仕事場の近くに生搾りのジュース屋ができた。ドリンクバーではなくジュース屋といったふうだ。
よくあるカウンターにかわいい女の子がいるような店とは違い、店内には長机とパイプ椅子そしてひとりのおじさんがいるだけ。

昨日、その店の前を通るとおじさんが椅子に座ったまま寝ていた。
そのおじさんの前に読みかけであろう司馬遼太郎の「翔ぶが如く」が置かれていた。

その姿はまるで庄几に腰掛け、ここ一番での戦略を練る武将のようにもみえた。

今度、おじさんが起きているときにジュースを買ってみよう。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-07-27 16:59

ワンピース

猫顔で脚のラインのきれいな女性が好みのタイプだという友人えんどう君が、ワンピースにハマっている。

部屋でひとり、漫画を読みながら嗚咽するほど泣いているらしい。男泣きにもいろいろあるのだ。

車にはワンピースのうちわ、携帯の待受画面にもワンピース。
そんな彼はルフィに憧れてか、麦わら帽子を買ったという。3つ。その3つともが、車に置いてあった。
自慢気にワンピースのエピソードや麦わら帽子購入の経緯について語る彼。

そんな話をする彼を目の前にし、僕はあることを言い出すタイミングを完全に失った。想いを寄せる女性を呼び出して告白しようとタイミングを見計らっているうちにその子の口から好きな男性の話が出てくるようなものだ。ただただ話を聞くしかない。

僕が言いたかったあることとは、彼が麦わら帽子だと思っているそれらがストローハットやテンガロンハットだということだった・・・・。

タイミングは失ったが、今という瞬間を生きるということはこの瞬間こそがタイミングなのだ、時間は早くも遅くもなく絶妙なタイミングで訪れる、タイミングを失ったことでタイミングを手に入れたのだ、そのことを自分に改めて言い聞かせた。
言いにくいことでもそれを言うのが友だちだと自身を鼓舞し、彼にそのことを伝えた。

彼は静かに頷き、雨の中を先に歩き始めた。その背中には首からかけた麦わら帽子が、・・・・じゃなくてテンガロンハットがなにかを語りかけていた。

その姿を眺めながら今年の彼の誕生日に麦わら帽子をプレゼントしようと思った。
クリスマスイヴの日に。


こんなやりとりがあってからしばらく経った数日前、ユニクロでワンピースTシャツが売っているのをみかけたので彼にメールしたところ、こんな返事がきた。

「7枚もっています」

僕はあの日の彼の背中のテンガロンハットを思い出した。
その日も外は雨だった。


彼は今日もワンピースを読んでいるのだろうか。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-07-20 16:40

鶴橋

学生の頃からの友人タカハマ君に会いに大阪へ行ってきた。

夕方の待ち合わせまで時間があったので、鶴橋の街を散策して過ごした。
鶴橋は駅周辺にコリアンタウンがあることでも知られており、駅から一歩でると細い路地には韓国の食材店や雑貨屋、飲食店などがところ狭しと軒を連ねており、韓国の風を感じることができた。

その日は晴天にも恵まれ、汗だくになりながらコリアンタウンや鶴橋の街を歩いた。僕にはそこにいる人たちが、韓国独自の文化と伝統を重んじながらも、型にはまらずにそれぞれの生活を楽しんでいるように思えた。

男ひとり、鶴橋に点在する韓流グッズショップを巡った。店が88ヵ所あればいいのになぁと思いながら、それぞれの店でKARAのニコルのグッズを買い、萌えに萌えた。

夕方、タカハマ君と久しぶりの再会。気がつけばもうかれこれ2年ほど会っていなかった。そのうちに彼は結婚し、子どもが生まれ、アボジになっていた。
アボジタカハマは仕事に意欲的にチャレンジし、自らを高めているようにみえた。目標設定を明確にすることで、自分の目標を着実に達成しているのだろう。
別れ際、そんな彼に僕の目標を聞かれた。僕は少し照れながら「恋がしたい」と答えた。そういう僕に対し彼はこう言った、
「恋はするもんじゃないだろ?恋は、“おちる”ものだろ。まえに誰かが言った言葉だよ」と。
僕はハッとした。そうだ、恋はするものではなくおちるものだったんだ。


蒸し暑い鶴橋の街で、いろんなことを気づかされた一日となった。


カムサハムニダ
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-07-06 00:11

洞川の旅

奈良県洞川まで一泊二日旅行に行ってきた。友人のえんどう君とのふたり旅である。

洞川といえば、日本で唯一の女人禁制の山である大峰山の登山口として知られている。
町は洞川温泉としても有名であり、開山期間には沢山の参拝者でにぎわうらしい。到着したのが月曜日ということもあり、町に旅行者や参拝者の姿はほとんどなかった。実際に会ったのはカップル1組だけ。もしかすると僕たちもカップルとして見られていたかもしれない。ありえない話ではないね、と僕たちは目配せしあった。

豪雨の中、山道を何度も迷いながら吊り橋まで歩いたり、鍾乳洞を散策したり、温泉を満喫したりしてとてもスローな時間を過ごした。
僕たちもスローに過ごしたがそれ以上にスローなのは町の人たちである。
山のトロッコに乗ろうと看板に書かれた連絡先に電話をしたところ、「いま昼ごはんを食べてるから1時間後になったら動かすよ」という返事がかえってきたり、ご飯を食べに入った店では僕たちが入るまでお店の夫婦が奥でゆっくり昼寝をしていたり、とスローライフをまさに体現していた。
そうゆう空気のなかにいたこともあり、僕たちも時間を忘れてゆっくりと今という瞬間を楽しめた。

今回、大峰山山頂にある大峰山寺には行かなかったが、登山口から少しだけ山に入った。登山口には「女人禁制門」と書かれた大きな杭が打たれている。男子禁制と書かれた女子寮のようだ。
えんどう君は登山口から少し入って早々疲れたらしく駐車場に戻り、車のなかで僕のiPodに入っているKARAのPVを見て、ひとり萌えていた。
僕はしばらく山を歩き、音が変わったあたりで瞑想をした。
山を見渡していると大峰山寺に行ってみたい気持ちがどんどん大きくなるのを感じた。


今回の旅で僕たちは道に迷うことが多々あった。その度、誰かの助けがあり目的地にたどり着いた。そしてその目的地は意外と出発点のすぐ近くにあった。
すべてはつながっており、それは道にも出来事にも人にも共通していえる。

なにかに迷ったとき、視野を広げ他者の声に耳を傾け自らに目を向けることによって、答えが見つかることもある。
そのことを洞川の町から教えてもらった。そして、「今」を楽しむことを改めて学んだ。

ありがとう、洞川。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2011-06-22 13:02

九面観音像

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先日、奈良の法隆寺へ行ってきた。

少し前のこと、僕が尊敬する仏師の方に展覧会へ招待していただいた。その方の作品、九面観音像のモデルとなった仏像が法隆寺にあると聞き、早速行ってきた。

その日の斑鳩は好天に恵まれ、境内は修学旅行生や団体旅行者でにぎわっていた。
お目当ての九面観音像は宝物館にあり、僕はその仏像の前で1時間ほどジーッとしていた。いや、ボーッとしていたのかもしれない。おそらく警備の人には不審がられていただろう。

九面観音像を眺めたり話しかけたりしていると、ふと自分自身が無意識にあることに気づく。が、気づいたもうその瞬間には意識の中にある。仏像を前に自身のそんなやりとりを楽しんだ。
無意識の心地よさと同時に、意識的に無意識のなかに身をおくことの難しさも感じた。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-12-10 12:15

以前、泥だらけになっても思う存分遊べるようにと買った“つなぎ”を私服としても着たいと思い(こうゆう衝動は大半が深夜に訪れる)、裁縫箱を取りだし針に糸を通した。
小学生以来、久しぶりの並み縫いにテンションもあがり、裁縫の波にも乗った。・・・と思っていたが実際には波には乗っておらず、乗っていたのは調子だけで、裁縫の出来上がりは散々なものであった。
まずまっすぐ並み縫いしていたつもりがラインがかなり歪んでいる。そう、まるで波のように。これでは波縫いである。こうゆうときはダジャレで自身を励ますに限る。
出来上がったつなぎのズボン部分の形は、昔ヤンキー中学生がはいていたようなボンタン型になっている。
つなぎなのに下半身がボンタン型。いつかは流行るかもしれないがとにかく今は流行ってはいない、いたらゴメンナサイ。
見るよりも着るが早し。そんな言葉があるのかないのか知らないが、恐る恐るそなつなぎを着てみた。

明後日、泥だらけになって遊ぶ予定があるが、僕はつなぎは着ない。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-12-08 02:49

ニコル

K―popグループKARAのニコルが好きになって早数ヶ月が経とうとしている。あっという間とはこうして過ぎていくのかと日々感じる毎日である。
育てているアボカドにもニコルと名付け、日々話しかけている。はたから見ると気持ち悪がられそうだが・・・。
植物にこちらの意志が伝わることは広く知られているが、水はほどほどに愛情はたっぷりと与えていると、寒い季節にも関わらずニコルが芽をだしすくすくと育っている。
嬉しいかぎりだ。

アボカドも単なるアボカドではなくなっている。

俯瞰的にみればギブ&ギブのこの世界。

対話が楽しいことを改めてアボカドから教えてもらっている。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-11-23 02:28

ブーム

ここ最近、KARAのニコルがマイブームである。
仕事から帰ってきて、深夜からYOUTUBEで動画を見始め、気がつけば朝になっている。
あっという間である。
ニコルとデートをする夢でもみながら今日は昼までゆっくり眠ろう。

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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-10-11 05:22

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富士山。言わずと知れた日本一高い山である。と同時に霊山信仰の対象の山としても広く知られる。

先月のこと、僕は富士山を登ってきた。

雲が流れ、風がすべてを運ぶ山。僕はナウシカが着ていたのと同じ色の上着に身を包み、歩みを進めた。

早朝、日の出の後、須走口五号目からスタート。
歩みは快調を極め、昼前には山頂に着いた。
須走口山頂から通称“お鉢めぐり”といわれる火山口のまわりを歩き、いよいよ日本一高い剣ヶ峰に立った。
まだまだ地上にいるというのにまるで天がすぐそこにあるように思う。
司馬遼太郎ふうにいうなら、まさに「雲上の人」である。足はしっかりと地を踏んでいる。

その後は友だちに手紙を書いたり昼寝したり、夕陽が沈んでいくのを眺めたりして夜までの時間を過ごした。

夜は山頂の山小屋に泊まった。山頂泊の目的は満月。
真夜中、山小屋を抜け出し、闇の中に穴が空いたように光る満月をただただ眺めた。
空気が澄んでいるせいかその輪郭までもがくっきりと見える。
空に濃紺なクロスが敷かれ、丸い穴の向こう側に光る世界があるように思えた。

次の日の早朝、御来光を拝み、下山してきた。

初めての富士山登山は、また違うルートでも登りたいという気持ちを起こさせた。

挑戦とは次なる意欲を掻き立てるものである。
この旅の学びである。


ありがとう、富士山。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-10-02 15:19

帰り道、酔っぱらって道端で寝ている大学生くらいの男女がいた。
少し前から小雨が降りだしていたので、僕は持っていた傘を寝ているふたりのそばにそっと置いた。
物音に気づいた男性のほうが目を覚ましたので、僕は「よかったらこれ使ってください、ビニール製の相合い傘です。では、いい夢を」とだけ言ってその場をあとにした。

ふたりだけのために降る雨があってもいい。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-09-13 01:11

内側外側下北沢

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友だちとのメールのやりとりとその友だちの書くブログを読んでいて「自由」、こと心の自由について思いを巡らせていた。
四国お遍路をして以来、いろんな意味でなにかと巡ることが多くなったように思う。

その友だちの近況を知り、自分自身の自由とは自分の内側にあることを改めて気づかされた。
自由も解放も束縛も執着も、そういったものは外側からのものではなくすべて己の内側にあるのだと感じた。
自分を縛るのは自分自身。誰しも己のなかにSとMの部分を持っているはずだが、心の亀甲縛りをほどいてみてもいいのではないだろうか。

そう考えてみると、毎瞬が自分の内側への旅なのかもしれない。

先日読んだロバート・ハリス氏の本には「他者が認める自分ではなく、自分が求める自分になれ」と書かれていた。

自分とは、自由とは手に入れるものではなく、すでに持っていることに気づくことなのかもしれない。

ケチャップのかけ方ひとつをとってみてもすべては自由。

ギターを掻き鳴らし、叫びたい気分だ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-08-30 16:07

感電

仕事終わり、キッチンを掃除していたときのこと。
コンセントを片手で抜こうとした瞬間、右手から左手までを電気が走った。しばらくの間、両腕がしびれていた。なぜ感電したのかを考えてみると、答えはすぐに出た。感電後、間もないせいか頭は冴えていた。

感電する直前まで僕は一緒に働くスタッフとニックネームについて話をしていた。
そのスタッフは子どもの頃、足が速かったことから「ジョイナー(アメリカの陸上競技選手)」と呼ばれていたらしい。その話の流れから、僕はジョイナージョイナーを連呼し、からかっていた。
と、その次の瞬間に感電したのだ。

そう、僕の体を走ったのは電気ではなく、ジョイナーだったのだ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-08-15 23:50

六道まいり

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以前働いていた職場の先輩からの風変わりな仕事の依頼があり、六道まいりに行ってきた。
六道まいりが行われている六道の辻は、あの世とつながる場所として知られている。3次元ではない世界へ行けるなら楽しそうだと思い、その仕事を快諾した。
仕事といっても、六道珍皇寺というお寺へ行き、御朱印をいただいてくるというもので僕にとっては仕事と呼ぶほどのことではないのだが。

境内にはいくつか市のようなものが出ており、多くの参拝客で賑わっていた。
お寺の建物のなかに通され、御朱印をいただいた。

帰り道、市で売っていた辛子小茄子を土産に買った。もちろん冥土の土産ではなく家への土産に。店先で味見をしたのだが、この辛子小茄子がこの世のものとは思えないほどに美味しかった。
少し大袈裟かな。
お寺、だけに。


暑い日が続くが、僕のギャグで少しでも涼しくなってもらえれば、これ幸いである。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-08-10 01:09

お坊3

今朝のこと、昨夜カップルがキスをしていた公園のベンチに3人のお坊さんが座っていた。宅鉢の途中だろうか。
朝にしては少し強い陽射しの下、木陰で談笑する僧侶たち。

学生時代、部活の長距離走練習を途中でサボリ、同じくサボった友だちと木陰でクラスのかわいい子の話で盛り上がったのを思い出す。2組のあの子は萌える、いいや野球部のマネージャーのあの子のほうが萌えるなどと果てることなく萌えていた。それは僕らにとって言葉どおり萌えるように暑い夏の思い出。


そんなことに想いをはせた今朝の空、金星は見当たらなかった。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-08-06 09:28

数日前、日本語Tシャツを立て続けに見かけた。
道を歩いていると「越えていけ越えていけ越えていけ、この壁を」と背中に書かれたTシャツを着た人を見た。その人を追い越すとそこには「溢れんばかりのありがとう」Tシャツを着た人がいた。
これはなにかのメッセージだと感じ、辺りを見渡したが日本語Tシャツを着ている人は見当たらなかった。
しかし、必ずすぐに次のメッセージが現れると感じ、歩いていた。すると、1分もしないうちにそれは現れた。
その人の背中には「大きな口をあけて待っていろ」と書かれた。
変化球すぎるメッセージに戸惑いながらもその意味を読み取ろうとした。が、意味を見い出すことはできなかった。

そして今夜、薄い雲がかかる空を見ていたときにふとわかった。
あれは悟りについてのメッセージではないのかと。

弘法大師空海が高知県室戸岬の洞窟で悟りを求め、真言を唱えていたときのこと。空から金星が飛んできて空海の口に入ったと言われている。

僕は夜空を見上げ金星を探したが雲がありその光を認めることはできなかった。
とりあえず大きく口をあけてみたが、入ってきたのは湿気をおびた夜風だけだった。

ひとつの気づきを得て家路に向かっていると、家の隣の公園でここ最近よくいるカップルがベンチに座りキスをしていた。
雲間から漏れる月明かりがふたりをロマンチックに照らしていた。

今日は雲があってよかった夜だ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-08-06 01:41

楽しむ3分間

少し前から筋トレを始めた。
腹筋と背筋と腕立て伏せ、この3種を60回づつ3分で行う。毎日3分だから楽しく続けられる!が自分自身へのキャッチコピーだ。楽しむことが成長への第一歩である、以前読んだ本にもそう書かれていた。
植物でも機械でもそうだが、見たり話しかけたりすることにより変化がみられる。これは筋肉にも同じことがいえる。
だから僕は筋トレをしながら筋肉に話しかける。もちろん声に出して。そうすることにより、筋肉も変化する。
そしてそれぞれの筋トレが終わりに近づくあたりで、筋肉にありがとうを伝える。もちろん声に出して。
始めてからまだ日は浅いが、体は確実に変化している。

このことを友人のえんどう君に話したところ、彼は自分は筋トレしても筋肉がつかない体質であると言い、ビールを飲みながら丸みの増したそのお腹をさすっていた。
そしてしばらくの沈黙の後、彼はこう呟いた。
「女の子とそうゆうことになった場合、『(恥ずかしいから)電気を消して』と言いたいのは俺の方かもしれない・・・」と。

彼の呟きにはいつもなにかが隠されている。
ちなみに彼のお腹に隠されているのはまぎれもない脂肪だ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-07-31 04:22

タカハマ君からの声

 2年前のあの日(あの日、とは言ってみたもののそれがいつなのか月日どころか季節すら思い出せないが。おそらく2年前の夏頃であろう)、友人のタカハマ君と富士山に登ろうと約束をした。
 僕らはそのとき、お互いにそれぞれ人生の高みを目指そうと杯を傾けながら話をしていた。そんな話の流れからか「よし、それじゃ富士山に登ろう」となったのである。
 それから月日が経ち、僕はこの夏こそは富士山に登ろうと心密かに思っていた。山へ気持ちが向いていたのか、ここ最近気がつくと大文字山を眺めることがしばしばあった。
 そんなことを考えていたら、数日前に久しぶりにタカハマ君からメールがあり、そこには彼の近況とともに「富士山に登ろうね」という言葉があった。
 僕は富士山に登ることを決めた。
 街の中で働いていることもあり、ここ数ヶ月は大自然と触れ合う機会がほとんどなかった。そのこともあってか、自分自身の内なる声が「そろそろ山の業もしたほうがいい。山を歩くことで、思考もクリアになり世界がまた変わるよ」と語りかけてきたようだ。

 彼の思想にこのようなものがある、
「10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今」

 思い立った時が最善の時。いつか本で読んだこんな言葉を思い出す。

 早速、タカハマ君を富士登山に誘った。
 返事が早く来ないかなぁと待ちながら富士山への思いをめぐらせていると、未来のイメージの中で僕たち二人は富士山頂で感極まって泣いていた。ハンドタオルを忘れずに持っていこう。

 今年の夏は楽しくなりそうだ。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-07-18 02:21

妖精

仕事終わり、他愛のない雑談をしながら店の外にでた。
そのとき、目の前を通ったおじさんが着ていたTシャツが目に止まった。
ご当地ものや言葉(日本語)もののTシャツが好きな僕は目をこらしてそのTシャツに書かれた言葉を読んだ。
歩き去るその背中には、こう書いてあった。

「花には水を
人には愛を」

メッセージはいたるところに存在する。

そのとき、店をでる直前、花瓶の水をかえたことを思い出した。
花の妖精だったんだね、おじさん。

心なしか夜風がいつもより気持ちいい。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-07-10 02:09

シンクロナイズド木魚

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どうせ夜更かしするなら念仏でも唱えよう。
ということで行ってきました、京都は知恩院で行われた「ミッドナイト念仏in御忌」。
ポクポクという木魚を叩く音とともにどこからともなく聞こえるナムアミダブツ。
数本のロウソクがともされただけの薄暗いお堂の中、100人近い人たちが一心不乱に木魚を叩き念仏を唱える。いや、一心不乱というのは言い過ぎといっても言い過ぎではない。少なくとも僕は、となりにかわいい子が来ないかな的なことを考えながら、その高鳴る鼓動にあわせるように木魚を叩いていた。

後輩の浜田くんはうとうとしながらも木魚を叩く手は止めようとせず、なかば眠りの中、となりに座る先輩の膝を叩いていた。
目を覚ました彼は、「同じ叩くなら前に座るおじさんの肩を叩いてあげれはよかった」と、まだ眠そうな目で話していた。

ポクポクナムアミダブツポクポクナムアミダブツポクポクナムアミダブツ。
そして気がつくと朝の4時になっていた。
約4時間の合奏合唱ののち、僕はその場をあとにした。

合掌
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-04-19 17:48

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『蛇に脚だけを描いた女』
たかだきょうこ
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# by okoshiyasu_kyoto | 2010-01-03 16:40

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『月の後ろを見たウサギ』
畑山五郎
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-30 12:49

ケニアからのメール

 ケニアで活動している友人から定期的に送られてくるメールを読んでいた。
 最後に素晴らしい言葉があったので、ここに書きたい。

 「今日何か一つを変え、そして明日また何か一つを変えていけたら良い。
  そう思いながら一歩一歩前進したいと思います」

 下北沢で飲んだあの夜を思い出す。
 ありがとう。
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-29 21:02

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『かけちがえられたボタン、そしてはずされたボタン』
遠藤麻子
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-23 16:23

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『サルヴァドール博士と11色の絵の具』
絵・文 たかだきょうこ
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-18 20:13

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『理由を知っている猫・続編』
アーヴィン
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-16 01:27

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『ベレー帽が似合う羊』
ブライド・ゲ・ボーク
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-12-13 17:53

伊予の旅

 先日、伊予の国と呼ばれる愛媛県を旅してきた。
 行きは、広島県尾道から四国愛媛県今治までの島々を結ぶしまなみ街道を自転車で渡った。全70kmにも及ぶその街道はしまなみの景色を楽しみながらサイクリングするのが醍醐味だが、僕がいったその日はあいにくの雨模様、どころか大雨強風。しまなみの絶景どころか、数百メートル先の視界すら見えなかった。
 しかし、尾道までいったおかげで素敵なネーミングのラーメン屋に出会うことができた。レンタルサイクル屋のおじさんが教えてくれたその店の名は「喰海」。四国に入る前に、弘法大師空海に出会えるとは、ありがたいかぎりである。尾道ラーメンに餃子と焼き飯がついている「喰海セット」で腹ごしらえをし、旅は始まった。

 今回の旅の目的は、松山で行なわれたダライ・ラマ14世の講演会。人生のすることリストに「ダライ・ラマ14世に会う」と書いて、その実現を夢見ていたので、今回の講演会でお目にかかれたことはとても嬉しかった。
 観音菩薩の生まれ変わりであるとされるダライ・ラマ。その言葉を聞き、その表情や動作などを見ながら、人間の強さとそれにともない存在する深いやさしさを感じた。本当の強さとはやさしさであり、本当のやさしさとは強さである、いつか本で読んだ言葉を思い出した。深い洞察と広い視野、そしてその言葉、ダライ・ラマの発するメッセージは伝えるその内容だけではなく、それに加えてその伝え方が強いエネルギーとなって世界に広がっているように思った。講演会場という空間が、なにかダライ・ラマの内なるものの中に包み込まれているようで、素敵な波長のなかにいるように感じた。そして、感じたといえば、僕はダライ・ラマの表情や動作にかわいさを感じた。チベット仏教最高指導者に対してこんなことを言うのは失礼かもしれないが、とにかくかわいかった。

 宿は、千と千尋の神隠しでおなじみの道後温泉から徒歩1分という好立地にあるゲストハウスにとり、旅の間はそこから松山の街を散策した。もちろん道後温泉にも入った。熱すぎずほどよく温かい湯加減で、普段シャワーだけですましている僕はゆっくりと浸かることができなおかつ体も温まった。そして、案の定神隠しにもあった。風呂上り、脱衣場を出るときまでしていたヘアゴムが表に出たときにはもうすでになくなっていたのだ。やっぱり、と思わずにはいられなかった、と同時に神の湯の洗礼を受けたようで嬉しくも感じた。そう感じたのはただ単に風呂上りだったのかもしれないが。とにかくヘアゴムはなくなった、一瞬困ったなぁと思ったがすぐに見つかると困るなぁと思った。せっかく神隠しにあったのだから。

 久しぶりの旅で、少しかもしれないがまたまた自分という人間を改めて感じることができたように思う。
 旅は、そのときの自分をうつしだす鏡。

 ありがとう。

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道後温泉

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ひゅうが丼
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# by okoshiyasu_kyoto | 2009-11-08 18:22